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この街ー第5回『@2002 駒場』【浦研プラス】

長年レッズを追いかけ続けるサッカーライター島崎英純さん、ミスターレッズ福田正博さんが浦和レッズについて熱く提言を行う「浦研プラス」
今回、浦研編集部の許可を頂き、無料記事の一部を転載させて頂きます。



この街ー第5回『@2002 駒場』(浦研プラス)

▼地元での日々
国際通りで腹ごしらえを終えたオレたちは、再びレンタカーに乗って次に目的地へと向かった。車を運転しながら、ふと助手席に座る”ヨースケ”を見る。

 コイツとは長い付き合いになったなぁと思う。高校入学のときに浜松から越境で清水に来たヨースケは寮生活で、退屈なのか、よくオレの家へ遊びに来てたよな。

 オレの実家は清水市(現・静岡市清水区)の中心から少し離れたところにある。オレは3人兄弟の次男で、親父とお袋と5人家族だった。親父は近くにある清水漁港の市場に勤めていて、いつも朝早く家を出て夕方前に自宅へ帰ってくる。翌日も早朝から働くから、当然親父が寝る時間は早いのだが、高校生のオレらは部活を終えてからも忙しく遊んでいたから帰宅するのが遅くなるのが常だった。そんなとき、オレの後ろには必ずヨースケがくっついて来て、オレが自宅の玄関を開けた瞬間に響く親父の『雷』を聞いていた。

「お前ら、今、何時だと思ってんだ!」

 親父の小言がようやく終わると、ヨースケがオレの後ろからスッと現れて、「じゃあ、お邪魔します」と言って家の中へ入っていく。勝手知ったるもので、もはや親父の怒りが静まるタイミングまで熟知している。親父もまた、いつものことだからヨースケには気を止めもしない。とりあえずオレに小言を言っておけば腹の虫も収まるんだろう。ただ、よくよく親父の立場になって考えてみたら、貴重な睡眠を邪魔されてガヤガヤと家にやってくる高校生なんて、たまったもんじゃないだろうなぁと思う。それは今になってようやく分かったことだけど。

 それにしても、誰かに怒られやすいタイプと、そうじゃないタイプって絶対にあると思う。例えばヨースケはどこか飄々としていて捉えどころがないから、怒る側も拍子抜けしてしまうのかもしれない。逆に”シンジ”は明らかに優等生タイプで、アイツはそもそも人に怒られるようなことをしない。でもオレは何かにつけて誰かに怒られる。親父には当然叱られてばかりだし、学校の先生や部活の顧問も何かとオレに説教をする。ようやく学生生活を終えてプロになったときも、すぐに所属チームの監督に目を付けられたのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。特に目立った言動も行動もしていないのに、なぜオレはいつも怒られてしまうのか。これは未だに永遠の謎で、その理由があるなら教えてほしいくらいだ。

「オマエはいいよな、ホント」

 考えていたことが思わず口に出たから、助手席のヨースケがびっくりしてこっちを見た。

「なにが?」

「いや、なんでもない。独り言だよ、独り言」

「ふーん、運転中に考えごととかしないでよね。危ないから」

 なんだ、ヨースケもオレに怒るのか。なんだか、もうどうでもよくなってきた。

▼『狸』に目をつけられる
 以前にも言ったが、オレの所属するチームは2002シーズンに新卒の同期を10人獲得した。チームは2年前にJ2で戦って昇格を果たしたものの、翌年はまた中位くらいの成績で、クラブは停滞からの脱却を図って、かつて日本代表を指揮したことのあるオランダ人の監督を招聘して新たなシーズンに臨んでいた。その監督が、新人のオレたちにいきなり「キャンプには新人全員を連れて行かない」と言った。どうやらキャンプ前に練習試合を実施して、そのプレー内容次第で何人かをキャンプ地である鹿児島県の指宿市へ連れて行くかどうかを決めるらしい。

 練習試合はいつもトップチームが練習をしている『大原グラウンド』ではなく、普段の試合会場の『駒場スタジアム』でやった。オレがこのクラブへ加入したときは『埼玉スタジアム』という6万人近く収容できる大きなスタジアムが完成していたが、それまでは『駒場』が聖地と呼ばれる場所だった。

 オレは前半の45分間だったか、それとも後半だけ出場したのか、記憶が定かじゃないが、そのときのプレーを評価されてキャンプへの参加を許された。ちなみにオレ以外にもうひとり、”ツボ”という選手がキャンプに加わったが、彼は最初から監督のお眼鏡に適っていたらしく、紅白戦ではレギュラー組でベテランのイハラさんと共にバックラインを務めていた。

 ツボは、とにかく足が速かった。正直技術はそれなりだったが、相手に食いついたら絶対に離さない執念深さがあって、DFとしてはピカイチの力を持っていた。かたやオレは、本来は右サイドバックが適性なのだが、どうやら”狸の指揮官”は3-5-2を採用するらしく、このチームに4バックのサイドバックというポジションは見当たらなかった。ならば右のサイドアタッカーかとも思ったが、そこには”ヤマダ”という不動のレギュラーが居て、ソイツを追い抜くには相当なアピールが必要だった。

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