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浦議ニュース2017 03/28  08:02

「40億あれば埼スタに屋根が付けられると思う」(しば兄)後編【レッズサポーターの輪】

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わずか10クラブでスタートしたJリーグ開幕の93年シーズン「Jリーグのお荷物」と揶揄されるほど、とにかく浦和は弱かった。1stステージのサントリーシリーズは、3勝15敗。2ndステージニコスシリーズは5勝13敗。年間36試合を8勝28敗の散々な成績だったが、浦和を愛する人々は1勝する喜びを追い求めてスタジアムへと足を運んだ。
(「勝利の喜びが忘れられなかった」(しば兄)前編)

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■レッズファミリーの一体感を感じた瞬間
「初めて観た試合、勝ったから」。しば兄もその中の1人であった。「まるで優勝したみたいでさ~!本当にお祭りみたいだった。ゴール裏でワァワァやっているのが楽しかったんだ」としば兄は、当時を振り返り目を輝かせて笑顔を見せた。

そして、仕事帰りに1人でスタジアムに立ち寄り、空いてるゴール裏の席で応援し始めた。仕事帰りなので、当然ニッカポッカ姿。しば兄にとって、浦和を応援出来るのならば、どこの場所だろうが、1人だろうが全く関係なかったのだ。だが、スタジアムへ行くうちに、顔見知りが増えて仲間が出来た。

しば兄:俺さぁ、シーズンチケット持ってないんだよね。20何年間も。チケット持たずにスタジアムに行くと「チケットあるの?」と聞かれて「ねぇよ」ってさぁ。有り難いよ。今は当日券が買えるけど、優勝が掛かった試合とか手に入りづらいじゃん。そうすると、みんなが声を掛けてくれるんだよ。俺って、恵まれているんだよ。本当に有り難い。俺って、この25年間で普通のサポーターが経験出来ないことをやっているんだよ。人の輪って凄いよね。ただスタジアムに来て応援して帰る一般的なサポーターたちよりも、人との繋がりで濃い経験をしていると思う。サインとかはもらったことはないけど、選手と一緒にボール蹴ったり、有り得ないことが起きている。不思議と深く浦和に入り込んでいる感じだ。知り合って、仲良くなったのがコアな部分の人たちだったから。

ギド(ギド・ブッフバルト氏)とサッカーで対戦して、ギドにスライディングされた。俺がFWで、太(U-19日本女子代表池田太監督)が俺のマークについてフェイントで交わしたんだよ。その瞬間にギドがザァーって来た。素人に何するんだよってギドを見たら、ギドは「フトシ!フトシ!」って怒っていた。

河合:ギドは、どんな試合でも真剣だからね。素人相手でも関係ない。それが、ゲルマン魂で浦和魂だからね。

しば兄:太は「あとで、ギドに怒られるんだよ」って試合中に俺のユニファームずっとマーク外さないように引っ張ってた。そのあとに、ヤス(仙台・福永泰コーチ)のスルーパス受けて1対1を外したよ。

河合:ボールを蹴ればわかり合えるって、サポーター同士の交流やクラブスタッフとかと大会を開催していたね。

しば兄:今は、試合日程の関係で難しくなっちゃたし、クルヴァも解散しているからね。まぁ、チーム関係なく同窓会みたいに集まって試合やろうって話しもあるんだけどね。サポーターズリーグ同窓会。

■勝利に泥臭いのが浦和レッズらしさ
河合:ところで、しば兄の好きな選手って誰ですか?

しば兄:俺って、泥臭い選手が好き。伸二(現札幌・小野伸二選手)とかテクニックあったけど、岡野(現鳥取GM岡野雅行氏)とか好き。今は、同じ左利きだから柏木かな?頑張っているからね。

河合:今の浦和をどのように感じている?

しば兄:随分と変わって来ているよね。93年は、マジかよ、本当にプロかよって思っていた。ヴェルディとマリノスとジーコのいた鹿島ぐらいがプロ意識があったって感じだった。うちとガンバと名古屋は、正直に言ってプロ意識を感じなかった。94年のワールドカップが終わって、ギド(ギド・ブッフバルト氏)やウーベ(ウーベ・バイン氏)が来て変わった。ギド、ウーベ、ルンメニゲの西ドイツトリオが良かった。95年に、フラメンゴと親善試合でローマリオとか観て、世界の本物を見られるようになったなって思った。それまでは、世界の本物のプレーって三菱ダイヤモンド・サッカーのTVだった。ギド監督時代に2ndステージ優勝して天皇杯獲って、06年に年間優勝して、オジェック監督でACL獲ったときって、アレ(三都主・アレックス氏)と闘莉王が居て、ワシントン、ネネ、ポンテがいて外からの補強が凄かったから、寄せ集めって言われたじゃん。今のチームも寄せ集め軍団だと思う。でも、今のチームはあの時と違って泥臭さがない。サッカー的にパス交換して崩して、崩して、ダメならやり直してスマートなのは、今なんだけどさぁ・・・。本当に泥臭いものがなくなった。

河合:そうだね。何か、全てにおいてスマートだよね。当時は、ゴール裏に向かって闘莉王が「俺の気持ちも分かってくれよ」と吠えたりね。選手がサポーターと向き合って来ていた。

しば兄:今は、阿部ちゃんぐらいかな。啓太(鈴木啓太選手)もいないしね。入団から浦和一筋の生え抜きの選手が少ないよね。浦和らしさがない。でも浦和らしさって何?って聞かれたら、最初から観ている俺はカウンターサッカーなんだよね(笑)。

河合:浦和らしさって、最後まで諦めない、ボロボロにされようが「闘うんだよ。俺たちは!」と言うのが全面に出ていたと思う。だから、ゴール裏も必死になっていた。

しば兄:勝つために、ピークを持って来られないことが問題なんだよ。昔は、90分間伝わって来るものがあった。選手がいくら負けて悔しいと言っても、気持ちが伝わって来なければ分からない。昔は、気持ちが伝わって来たからね。

あのね、試合が終わってから良くも悪くも昔はボールを蹴りたくなった。良い試合を観れば、サッカーって面白いなって思ってボールが蹴りたくなる。悪い試合を観れば、おれだったらこういうプレーするのにって。今は、年間で数試合しか蹴りたくならない。俺が年を取ったからかな?!負けた後とか、内容が良くないのに申し訳なさそうな雰囲気もなく、選手たちがただ挨拶に来たりする。ゴール裏の問題もあるんだけど、不甲斐ない試合をしたら昔はブーイングしていた。今は、あれだけの人数がいてそれぞれの考えがあることは分かっている。その中で「次、頑張ろう」っていう感じの雰囲気がある。良く言えば前向きなんだけど、年間通して重要な試合とかあるじゃん。ここ何年も重要な試合で負けている。なのに「次、頑張ろう」って拍手している。俺は「次じゃねぇよ。この試合だろ」ってブスッとしている。

河合:スタジアムが小規模だったから、みんな同じ方向に向けたのかも知れない。

しば兄:最初は、小さいスタジアムで少人数で好きな者たちが集まって「応援しようぜ」ってやっていたのが、大きなスタジアムになって今までの数倍の人数が来るわけだからね。たまたまチケットがあるから来た人もいるだろうし、仕方ない。でも、何だか分からないけど物足りない感じがする。

■40億円あれば埼スタゴール裏に屋根がつけられる
河合:その大きなスタジアムである埼玉スタジアムの建設に、大工さんのしば兄は関わっているんですよね。

しば兄:99年に埼玉スタジアムの建設が始まった。俺は住宅大工だけど、その当時は型枠大工ってコンクリートの型を作る大工をしていた。埼スタの工事をする下請けの会社にいたんだよ。当時は、駒場があったから浦和のホームになるって思っていなかった。あの当時、6万人のサッカー専用スタジアムのイメージがなかったんだよ。国立は別として、だいたい2万規模のスタジアムしか頭の中になかったからね。

ただ、ワールドカップ用の大きなスタジアムだと思っていて、建設中にこんなにデカくて、凄いスタジアムなら浦和のホームとして使いたいなと思っていた。休憩時間に、勝手に一人でスタジアムツアーしてあっちこっち見て回った。何になるのか分からないけど、水洗がたくさんついているからシャワールームだろうとか想像しながら見ていた。今でいうトルシエ階段をテクテク上がって行くと、目の前がブワッ~って広がって観客席が見えてくるんだよ。これって、大歓声で入って来たら凄く気持ちが良いだろうなぁって思った。北のゴール裏を見て、赤い人たちがいっぱいいるんだろうなぁ。楽しそうだなぁとか想像していた。その時ピッチには、芝生が無く鉄板がひいてあってクレーンがあった。

河合:しば兄は、埼スタのどの部分を担当していたの?

しば兄:トルシエ階段あたりとか、メインの両脇のビューボックス辺りから屋根が掛かっているコンクリートの塊の部分とか。スタジアムを外から見ると、上の柱が反っくり返っているでしょ?!PCって言って、地上で鉄骨を組んでそれに型を付けてコンクリートを流して作るんだよ。それをクレーンで吊って取り付けたんだよ。

別の会社がバックと北のゴール裏を請け負っていたんだけど、間に合わないからって仕事が回って来て、北のゴール裏を俺が遣るって請け負ったんだ。北のコンコースから上の209、201、211辺りのゲートのアーチを作った。

河合:大変な作業だよね。

しば兄:スタジアムって、直角が無いんだよ。全部、放射式になっている。ゲートもコンコースからピッチに向かって狭くなっている。センターサークルのピッチの中心から、放射状に作られているんだよ。斜めになるし、高さも違うから全部計算して設計されている。

河合:簡単に言えば、丸いケーキを中心からケーキカットした感じ。

しば兄:そう、ショートケーキを寄せ集めたら埼スタになるイメージだよ。

河合:作りながら、何でゴール裏に屋根がないんだろうって思わなかった?

しば兄:思ったよ。現場事務所に埼スタの完成模型があって、白鷺がつがいで羽根を休めているってコンセプトが書いてあった。誰が、空から見るんだよって思っていた。ゴール裏に屋根があったら、声の響き方も違うし、雨もしのげる。

河合:工事で今からでもゴール裏に屋根は付けられるの?

しば兄:埼スタの柱は、基本4カ所でコーナーキック付近のメインとバックに掛かっているアーチ状の鉄骨が1つの塊として柱なんだよ。迫り出したところに支える柱はあるけど、ラチス構造なんだ。ゴール裏の壁で区切られているところに、サイコロみたいなコンクリートの塊が5つ付いている。そこをガーって掘れば、基本の柱に繋がるから屋根が付く。優勝賞金2年間もらえれば、40億でしょ。40億あれば屋根付けられるよ。

河合:40億は、強化費にしたい。本当は、自治体にやってもらいたいなあ。

しば兄:いやいや、埼玉スタジアム2002から浦和レッズスタジアムにしちゃえば良いんだよ。

■浦和は世界一強くあって欲しい
河合:しば兄の夢ってゴール裏に屋根を付けること?

しば兄:ゴール裏に屋根は付けたいのよね。でも、夢はクラブワールドカップで浦和が世界1位になることだよ。93年当時から、日本一弱いチームだったけど、気持ちとしては世界一強いチームだと思って応援してきたよ。気持ちで絶対に負けたくないからね。2007年、鹿島に優勝かっさらわれた。ホームの最終戦で鹿島に勝てば優勝だった。なのに負けた。次はJ2降格の横浜戦で勝てば良いんだよって拍手がおきたけど、ふざけんなって思っていた。怒り、悔しさ、虚脱感・・・。負けた試合は、時間が止まるんだよね。世界一強く、勝つと思って一緒に闘っているからね。

河合:しば兄にとって、浦和って何ですか?

しば兄:浦和が好きなんだよね。心の底から応援している。好きなものには、理由無い。う~ん、何だろう。浦和って、俺の中では地名ではない。俺は上尾で育ったけど、生まれたのは浦和なんだ。自然に浦和なんだよね。チーム名言うときに、レッズって言わない。必ず浦和って言う。浦和と言う中に、全てが詰まっているんだよ。家族みたいに意見が食い違って言い合いしたりするけど、基本、浦和が好き。

河合:それでは最後になりましたが、しば兄が赤い絆で繋がっている方をご紹介して下さい。

しば兄:福岡県在住で、仲間内からは「日本一のニート」と呼ばれる吉原さん。

河合:えっ!福岡?!浦和のサポーターなの?どこで出会ったの?

しば兄:鳥栖の遠征に行ったりしたときに、九州の「九州レッズ」って言うグループと仲良くなったんだよ。吉原さんは、ソフトバンクホークスの応援団の団長なんだよ。それと平行して浦和も応援しているんだ。

河合:どんな話が聞けるのか楽しみですね。有り難うございました。

(了)

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