浦和レッズについて議論するページ[浦議]

レッズサポ集いの場! 総アクセス数= 総コメント数=

浦議ニュース2017 02/24  23:32

「62歳からボールを蹴るようにもなりました」(滝さん)後編【レッズサポーターの輪】

  • 0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Jリーグ初年度から浦和レッズを追いかける河合貴子さん。
その河合貴子さんによるレッズサポーターインタビューが今年、浦議でスタートします!



運命に導かれ浦和と出会い、浦和に恋し、浦和を愛した。浦和を愛する人々は、フットボールを通して赤い絆を繋いでいった。出会いも思いも人それぞれであるが、確かなことは赤い絆で結ばれていることだ。ここに赤い絆で結ばれている浦和を愛する人々のヒューマンドキュメントをお届けします。(取材・文:河合貴子)
※前編「浦和は弱かったけど試合は面白かった」(滝さん)前編【レッズサポーターの輪】

DSC_0806.png

子供の頃から喘息で身体が弱かった滝は、自分が出来ないスポーツを観戦することで楽しんで来た。結婚して埼玉県新座市に住み、子供と地元の西武ライオンズを応援していた。しかし、月日が流れると共に子供は母親の手を離れて行き、自然と野球観戦からも遠ざかって行った。転機が訪れたのは、1993年のJリーグ開幕であった。地元埼玉に浦和レッズが出来たのだ。埼玉県民だから当然のように浦和を応援した。開幕当初は、チケット入手が困難で国立競技場や比較的入手しやすいアウェイに出かけた。ホームゲームは、テレビ埼玉で観戦。当時の浦和は弱かった。だが、滝は負けても試合が面白くドンドンとはまっていった。そして、1999年に浦和がJ2に降格したことにより待望のシーズンチケットを入手することができた。これが、滝の第2の転機だったのかも知れない。そして、滝に第3の転機がやって来たのだ。それは2002年のFIFAワールドカップ日韓大会であった。

▼訪れた第3の転機は日韓ワールドカップ
滝:サッカーに対して意識が変わったのは、2002年のワールドカップの時ですね。ワールドカップの開催が決まったころから、海外の情報が入るようになって、海外のサッカーの試合を観たら「浦和はまだまだだな」って思ったし、ワールドカップ開催前に海外の代表チームがやって来た。松本だったかな・・・。確かチラベルトと浦和が試合して面白かった。

河合:パラグアイ代表が松本でキャンプをしていて、国際親善試合をアルウィンでパラグアイ代表と浦和が対戦しました。

滝:チラベルトのプレーが面白かった。好きなことやるじゃないですか。「あんなことやっても良いんだ」って思ってね。

河合:それで、海外を意識し始めたんですね。

滝:浦和がマンチェスターに行ったじゃないですか。一人で海外なんて行けないから、後援会のツアーに申し込んだの。それが、海外の初参戦だった。

河合:実際にサッカーの本場イングランドに行ってみてどうでした。

滝:それが、天候が悪くて試合が出来なかったの。試合が中止になって、マンチェスターと出来なかった。

河合:雷が鳴って大変だったんですよね。ボーダフォンカップで、マンチェスター・ユナイテッドとPSV、ボカと対戦でしたね。

滝:浦和のサポーターはオールドトラフォードの一角にまとめられて、その上にオランダのチームのサポーターがいたの。浦和のサポーターが何百人もいる応援よりも、声が大きかったですよ。見たら10人いるかいないかぐらいで、オランダって凄いんだって思った。
それから、ジムで出会ったサッカーコーチが「僕ら今度バルサに行くんだけど、一緒に行来ませんか」って誘ってくれて「行く!行く!」ってついて行ったの。コーチたちの研修で3年ぐらい続けて行ったかな。それから、チャンピオンシップの決勝でロシアにも行った。

河合:バルサはどうでした。

滝:メッシがデビューした年でね。私が観た試合でメッシが怪我したの。シャビやイニエスタもいた。凄かった。

河合:浦和との違いを凄く感じたんじゃないですか。

滝:ムフフ~まぁね。あの頃の浦和って、大きなサイドチェンジをあまりやってなかった気がする。バルサの選手たちは、サイドからサイドへって足下にピッタって行くんですよ。観ていて「あぁ~こういうものか」って思った。ロシアで行われたチャンピオンシップは、旅行会社のツアーで行ったの。私はマンチェスターのファンだったけど、同じツアーの男の子がチェルシーのファンで大敗してワンワン泣き出したの。こんなに若い子でものめり込んで泣くんだって、浦和のサポーターみたいの子がいるんだって思った。

河合:海外サッカーなどドンドンと刺激を受けていった滝ですが、最近はフットサルをやっていると聞きました。何がきっかけでボールを蹴り出したんですか。

滝:アウェイを仲間と良く車で遠征していて、その時のグループの仲間がフットサルをやってたんですよ。その仲間に「チキのトークショーがあるから行かない?」って誘われて行ったんです。そしたらそこに、福永さんが座っていたの。福永さんがスクールをやっていることを知っている仲間の一人が冗談で「おばあちゃんがやりたがっているんだけど良い?」って聞いて予約をしたの。それで、行くことになった。バルサに連れて行ってくれたサッカーコーチが、ジムでボールの蹴り方とか教えてくれていたから初めてでは無かったんだけどね。

河合:それが滝のフットサルを始めるきっかけになったんですね。

滝:優しく教えてくれたんだけど、迷惑が掛かると思い武蔵浦和のクーバースクールに通って基本を練習しました。

河合:それって、滝がおいくつの時ですか。

滝:62歳。だって、定年になったし暇だったから。駒場の2階に上がる体力もなく、ジムに通い始めて少し身体を動かしていたからかな。ジムのスタッフも「えぇ!フットサルやるの」ってビックリしていた(笑)。

河合:60歳過ぎて始めるって難しかったんじゃないですか。

滝:かえって良かったかも。出来なくて当たり前、動けなくて当たり前。私に「走れ」っていう人はいないしね(笑)。

河合:自分が出来ることをやろうっていう意識ですよ。

滝:そうそう。でも、上手くなりたくてスクールに来てる人たちのところには行かないようにしている。お邪魔だからね。私は恵まれている。福永さんやクーパーのコーチもいた。福永さんが(Fリーグ)バルドラール浦安のアドバイザーになったときに、クリニックのみんなで浦安を応援しに行った。そこで、浦安の選手たちとも顔見知りになったし、クリニックに行くと言われた通りにやると出来るようになった。あと、上手い人たちの中にポンって入れてもらってシュートを撃たせてもらった。

河合:ボールを蹴り出してからサッカーの見方って変わりました?

滝:選手に「走れ」って言えなくなった。本当に頑張っているんだなぁって思うと言えなくなった。自分もそうだったかも知れないけど、選手に酷いこと言う人いますよね。でも、ボールを蹴り出したら言えない。選手の気持ちが、分かるようになったから。

▼赤い絆
河合:74歳になった今もボール蹴っているんですよね。

滝:福永さんのお陰かな。埼スタのクリニックでもFリーグの試合を観たい人と一緒に行ったりしてね。クーバーの時は、小学生と一緒に蹴っていたしね。どこに行っても浦和のサポーターがいて試合の話になったりする。平川選手のことが好きな仲間がいて「ヒラが頑張っているから、私も頑張る。ヒラ、このごろ使ってもらえない」って話をしたりね。

河合:そうやって、拡がって行くんですね。そういえば、香港に岡野選手の試合を観に行きましたね。

滝:あの時は、嬉しかった。香港でサッカーを観られるなんて思ってもいなかったから。香港には、チームメイトだった中村祐人選手もいて、今はどうしているだろう。ポルトガルのチームに移籍してまた香港に戻ったって何かの記事で見たけどどうしてるだろう。

河合:滝の拡がったサッカー感で、今の浦和ってどう感じています?

滝:選手は悪くないと思う。頑張っている。でも、もっと楽しくって面白いチームが良いな。「負けたけど、今日は良かった」って思える物が、最初の頃の浦和にあった。負けても、負けても応援に来て良かったって感じられた。

河合:「次は、勝たせたい」って?

滝:それを思うとサポーターって大事ですよね。私は、死ぬまでヴェルディを好きになれないしね(笑)。浦和のサポーターも酷いことをやって来ている。でも、そういうことをする人は浦和のサポーターじゃない。本当のサポーターは、一生懸命に応援している。
昨シーズン、74ポイント獲ったけど最後勝てなかった。浦和は甘い。悔しいし、何で良いところで勝てないんだろ。やっぱり勝たせたい。

河合:今シーズンはどうでしょう?

滝:どうかなぁ・・・(笑)。

河合:それでも、スタジアムに行ってしまうのはなぜ?

滝:なぜだろう。仲間も友達も関係ない。そこに浦和があるから。

河合:滝にとって、浦和って何ですか?

滝:生活の一部。息子も私もまずスケジュール帳に浦和の日程を書き込む。浦和の試合に行くから、風邪なんてひいていられない。何年前だったかなぁ。風邪ひいて開幕戦の名古屋の試合を観に行けなかった。その後、アウェイ全部行った。あの頃は、浦和の試合を全部行くことがモチベーションになっていた。今は、あまり行けなくなったけどね。

河合:もう浦和が嫌だって思わないですか?

滝:それを言ったら、マリノスや名古屋の選手やサポーターはどうなります?浦和は、そうならないでしょう。チッと思うことがあっても、浦和を離れられないですよ。

河合:それでは滝、最後に赤い絆で繋がっている方をご紹介して下さい。

滝:自称、埼スタを作った男で、試合に臨む正装がユニフォームじゃなくニッカポッカ。シバ兄をご紹介しますね。

河合:有り難うございました。



河合貴子

1992年Jリーグ開幕から地元ケーブルテレビの番組MCとして浦和レッズに密着取材をし続ける名物リポーター。姉御肌のキャラクターから、選手、サポーターから「タカねえ」の愛称で呼ばれている。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

浦議ニュース 人気記事ランキング

浦議ニュース コメントランキング

浦議ニュース 最新コメント

サッカー注目記事ランキング

    おすすめサッカー記事

過去記事

2015
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2014
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2013
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2012
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2011
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2010
01/ 02/ 03/ 04/ 05/ 06/ 07/ 08/ 09/ 10/ 11/ 12/
2009
08/ 09/ 10/ 11/ 12/