浦和レッズについて議論するページ

2018年、山中伊知郎さんが「どうしたら浦和レッズの観客数は復活するのか?」をテーマに色々なレッズサポーターにインタビューする企画がスタートします!

 

※過去記事
第1回『SNSを使ってユルい交流の場を作るのはどうでしょう?』コグレマサトさん編(ネタフル管理人)
第2回『みんなが戻ってくる場所が大事』今井俊博さん編(酒蔵力浦和本店 店長)

 

第三回は関口洋子さんです。

 

関口洋子さん

1944年佐賀県で生まれ、横浜で就職。結婚5年後、浦和に家を建てる。ご主人がサッカー経験者ということもあり、現在も小学生、中学生の女子サッカーチーム「浦和ラッキーズ」の指導者をしている。そのためもあって、サッカーの試合は半世紀前から見ていて、浦和にレッズが誕生したと同時にレッズ・サポとなる。

 

 

―――関口さんは三菱時代からのファンなんですよね。
そう。うちの主人と、レッズの監督もやられた横山謙三さんが、高校サッカー部の同級生。その縁もあって、1968年、結婚したての私は、主人に連れられて、天皇杯の決勝に行ったんです。横山さんは三菱のキーパーで、相手は東洋工業。0-1の負け。

 

国立競技場はほとんど無観客試合でしたよ。それから日本リーグの三菱の試合をよく見に行くようになったんです。

 

主人の地元・浦和に越してきたのが1973年。でも、当時は浦和と三菱って、なんの関係もなかったんですよ。

 

だからJリーグの開幕が決まって、あの三菱が浦和に来るって聞いて、ビックリです。たとえ浦和にどこかのチームが来ても、ウチは横山さんとの関係もあるし、三菱に義理を立てて、そっち応援しなきゃいけない、って思ってたくらいだし。

 

当然、1992年のナビスコカップから、ずっと応援してます。

 

始まったころは、あんまり弱くて、「よくあんなの、応援してますね」とバカにされて、悔しかったよね。

 

J2落ちした2000年は札幌まで行っちゃったもん。あの時は、「J1に戻さなきゃ」ってみんな無我夢中になってた。あの熱気は、ちょっとその後のリーグ優勝でもなかったかも。

 

今はホームは皆勤だけど、アウエーにはいかなくなった。もともとそんなにはいかなかったの。大原も、前はよく行ってたけど、行かなくなったな。

 

―――Jリーグのスタート以来25年経って、観客席では、どんなところが変化してますか?
昔の古い人がめっきり減ったことかな。最初のころにシーチケ買って、毎試合顔を合わせてた人が、どんどんいなくなってる。

 

そりゃ年をとるし、健康上の理由で来れなくなる人はいるでしょ。でもね、そういう人って、元気になると戻ってくる。脳梗塞の人でも杖ついてくるし、車椅子で戻ってきた人だっているわけ。

 

そうじゃなくて「最近はレッズ、あんまり面白くないから」って足が遠のいてる人が増えてる。サッカー情報があふれてて、昔みたいな「レッズ一辺倒」が少なくなってきてるのもあるかもしれない。テレビでもスマホでも、いろんな試合やってるし。

 

レッズの調子があまりよくないのもあるかな。高齢の人よりも、40代50代くらいが離れている気がする。私が座ってるシーチケの席って、その年の層が中心。ゴール裏ほどではないけど、試合内容に文句を言いたいサポは多い。そういう人たちは、つまらないと来なくなっちゃう。

 

元気なお年寄りはまだまだいるわよ。80代で、私の顔見て、
「あんたなんか、まだヒヨッコよ」
というおばあちゃんもいる。女性に多いわね。

 

―――レッズで、好きな選手というと?
平ちゃん(平川)は、ずっと応援してる。生え抜きだから。スタンドから
「50までやってねー!」
とか声かけたりしてる。

 

直輝も激励会で写真撮ってもらったし、「足を運んでくれて、ありがとうございます」と丁寧にお礼してくれて、とても好き。
「私は、直輝君が生まれるずっと前から、このチームの応援してんのよ」
っていったら、
「嬉しいです。ありがとうございます」
って。よくわかんないおばちゃんにも、ちゃんと受け答えしてくれるのがいい。

 

引退した選手の中では、(池田)伸康なんか、コーチになってピッチに出て来た時、「のぶやす!」って呼んだの。そしたらちゃんと反応してくれて、「応援してください」ってわざわざ言いに来てくれた。

 

ツッチー(土田)も反応してくれるけど、スタンドから叫んでも、なかなか声が届かないのね。

 

―――やや埼スタの動員数が下降気味なんですが、どうしたら回復するでしょうね。
もっと強くなる。これは当たり前すぎるか。華があって、点が取れるFWが欲しい。でも、それはどこのチームでも同じ。

 

まずはさりげないファンサービスかな。

 

とりあえず私が思うに、試合のアップの時でも、コールをされた選手は、手をあげるとか、アタマさげるとか、してくれると観客側は嬉しい。オーロラビジョンに大写しになるし。

 

その点、直輝はエラいのよ。必ずアタマ下げるから。

 

練習場でも、プライベートでも、選手には声かけたら、サラッと手ぐらいあげてくれるだけで、ファンは嬉しいの。

 

槙野はしっかりやってる。周作もわかってる。私、Jリーグ始まった時に、サイン入りジャージをツッチーからもらってたの。それを周作にあげたら、
「ありがとうございます。必ず着ます」
って。ツッチーは「着ないだろー」って言ってたけど。

 

あと、ジャパネットの高田さんほどじゃなくても、社長には、もっと、大きな声でサポーターを激励してほしい。今の社長さん、どうも声が小さいの。サポーターが「社長!」と声をかけたら、「はい!」と大きく返してくれると気持ちいい。

 

その点でも槙野はたいしたもんね。
「チャラチャラしてんじゃないよ!」
「はい、わかりました!」
パシッとすぐに返ってくる。それだけで、「また、埼スタ行こう」になる。

 

北側広場でも、もっとイベントをやるとか、考えてほしいかな。バスが出るのがあっちでしょ。ところが南側に比べて、何もないから、ただ素通りしちゃう。もったいない。

 

そんな有名人呼ぶとか、PK合戦やるとか、大がかりな仕掛けはいらないの。たとえば、北側のチケットのモギリを、昔のレッズの選手がやるとか、そんなことだけで十分に盛り上がるんじゃないかな。

 

ハートフルクラブにも室井とか盛田とか、何人もいるじゃない。そういう人たちが立って、チケットをモギってくれるだけで昔からのファンは嬉しいに決まってる。

 

国技館行くと、昔活躍した大相撲の親方がモギリしてるじゃない。あれと同じ。北側のゲートにいけば懐かしい選手がいるとなったら、そっちに回る人も増えていくと思う。

 

―――レッズOBの人たちにも、観客数回復に一役買ってもらおうということですね。
そもそも、レッズを去った人たちが、今、どうしてるか、みんな気になってると思う。啓太の引退試合みたいに、OBが集まって試合するっていうのはときどきある。でも、ファンと会話する機会はあまりないでしょ。
せっかくだから、もっと触れ合いのチャンスがあるといい。特にシーチケのお客さんなんて、喜ぶはず。

 

北側で、ミニトークライブをやったっていいわけでしょ。

 

結局、クラブやOBまで含めた選手たちが、もっとサポーターを大切にしている姿勢を見せてくれれば、もっともっと埼スタも盛り上がるでしょう。

 

※過去記事
第1回『SNSを使ってユルい交流の場を作るのはどうでしょう?』コグレマサトさん編(ネタフル管理人)
第2回『みんなが戻ってくる場所が大事』今井俊博さん編(酒蔵力浦和本店 店長)

 


山中伊知郎

昭和29年生まれ。93年のJリーグ開幕時から、シーズンチケットでレッズを見続けている。職業はライター。山中企画という会社を作って、自分が制作費を投下して本も出版している。今年もまず5月に、山形県米沢市の前市長・安部三十郎さんの本『鷹山政治の継承』を出版。米沢と東京で出版パーティーも開催。続いて、夏ごろの出版を目指して、かつて11回まで続いた「横浜・野毛大道芝居」に関する取材を続けている。自ら主催するお笑いライブ『ちょっと昭和なヤングたち』も継続中で、次は72回目。MCはイワイガワ、7月30日(月) 午後6時半からお江戸上野広小路亭で。

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