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2018年、山中伊知郎さんが「どうしたら浦和レッズの観客数は復活するのか?」をテーマに色々なレッズサポーターにインタビューする企画がスタートします!
(第1回『SNSを使ってユルい交流の場を作るのはどうでしょう?』コグレマサトさん編(ネタフル管理人)

 

第二回は今井俊博さんです。

 

今井俊博さん
1979年生まれ。埼玉県さいたま市出身。かつては、熱狂的レッズサポとして知られ、現在は、言わずと知れた「酒蔵力 浦和本店」店長。大槻暫定監督(現ヘッドコーチ)が連勝をもたらした際には、「オールバック・トゥギャザー」と題して、監督ばりのオールバックにしてきたサポーターに「もつ煮込み無料」のサービスを提供するなど、ユニークなアイデアを次々と生み出している。

 

 

―――レッズ・サポになったのは、Jリーグが開幕した時からですか?
はい。当時、中学2年だったんですが、ずっと高校サッカーのファンだったんです。特に好きだったのが帝京。それで、地元にJリーグチームが出来て、しかも帝京出身の広瀬や名取がいたんで、これは応援するしかありません(笑)。

 

広瀬さんとは今でも付き合いがあって、ときたま、ウチの店にも寄ってくれます。

 

「力」に出入りするようになったのは、高校1年くらいからでした。あの頃はインターネットもまだ今ほど浸透してなくて、レッズサポ同士が交流するっていったら、まず直接会って話すのが普通だったんです。駒場で試合見て、浦和駅まで歩いてきて『力』に寄る、これが僕の定番でした。アウエーの後でも、結局、来ちゃったけど。

 

大人の人がお酒飲んでる横で、食べながら盛り上がるんです。

 

高2の時、サポーター仲間にそそのかされて、夏休み、エスパルスとのアウエー戦、浦和から日本平まで自転車で行きました。そしたら見事に勝利して、「自転車でわざわざ日本平まで来たバカがいる」とオジェック監督に伝わって、監督、喜んでくれたらしいんです。

 

調子に乗って、翌年、神戸と名古屋戦を開催していた岐阜の長良川にも自転車で行きました(笑)。

 

―――「力」で働くようになったのは、いつごろからですか?
1997年にはバイトとして入ってましたね。それで、1999年には、前にあった6坪の店から、今の30坪の店に移転してきたんです。するとその年に、レッズがJ2降格でしょ。不安でしたよ、このまま低迷したらウチの店ばかりじゃない、浦和の街はどうなっちゃうのか、って。結果的に1年で戻れて、ホッとしましたけど。

 

2002年の日韓ワールドカップの時は、ウチの店も外国人で溢れかえりました。イングランドサポーターなんか「力」が日本全国に支店を持つ巨大チェーン店と勘違いして、

 

「次は札幌に行くが、札幌の「力」はどこにある?」

 

なんて聞かれて困っちゃいました(笑)。クラブワールドカップでも、会場は横浜なのにわざわざウチに来るリーべルサポもいて、けっこう海外で有名みたいです。

 

僕も、2007年のACL決勝では、休暇をとってイラン行きました。

 

店長に就任したのが2010年。確かその年に、岡野さんが、一日店長でウチに来てくれています。

 

 

―――25年間で、「力」に集うサポーターに変化はありましたか?
残念ながら、熱気という点では、やや下降しているのは否定できません。

 

20年くらい前はスタジアムでも発煙筒たいて大騒ぎになったり、やり過ぎではありましたが、駒場でも、浦和の街でも、沸きかえるようなエネルギーはありました。通りに赤いユニフォームが溢れてましたし。

 

駒場からだと、試合後、歩いてワイワイ語り合いながら「力」にも来れるし、駅にも来れる。あれがよかった。僕も駒場が好きで、わざわざスタジアムが見える所に家を建てました。

 

もっとも埼スタに移ってからでも、2006年のリーグ優勝の時も、街全体の一体感も強かったです。

 

ここ数年ですかね、全体的におとなしくなってしまったのは。

 

 

―――では、停滞気味のレッズの動員数を増やし、浦和の街をもっと活気づけるにはどうしたらいいと思いますか?
僕の感じからすると、かつてはスタジアムへ行っていたのにここ数年、足を運ばなくなった人が多い気がするんです。当然、新規のお客さんも大事ですが、そちらのお客さんを引き戻すのも大事です。

 

だから、去年の鈴木啓太の引退試合みたいに、みんなが戻ってくる場所を作ってあげるのはとてもいいと思います。

 

「さいたまシティカップ」で外国のチーム呼ぶより、レッズのOBチームやレッズユースと闘った方が、浦和の街は盛り上がるんじゃないかな。

 

60代以上の、昔からのレッズ・サポが集える「シルバーエリア」があってもいいでしょう。同じ年代の人たちが、Jリーグ開幕のころや、J2からJ1に戻ったころのような「昔話」を気楽に語れる場があるのは素晴らしいと思います。

 

みんなとかく「若い人」をどう呼び込むかに目が行きますが、高齢化が進行する中で、中高年の人たちにもっと来てもらうのも大事でしょう。

 

岡野さんとの付き合いもあって、僕、2度ほど岡野さんがGMをつとめる鳥取にも行きました。人口も少ない上にJ3なので集客の苦労はたえないようですが、それでも、競技場の駐車場スペースの中で野菜や日用品売る「朝市」をやったりして、必死に観客の年齢層の間口を広げようと努力してました。

 

スタジアムの中で、大根もってるおばちゃんがいたのは、ちょっと感動しましたね(笑)。

 

レッズの元社長の犬飼さんは、今でもたまに「力」に顔を出してくれます。その犬飼さんがよくおっしゃってたのが、「3世代で楽しめるスタジアムにしたい」でした。老若男女が来て満足して帰ってくれる空間作りを目指してました。

 

南側広場の活性化などは、そのための手段のひとつだったわけです。

 

でも現実的には、なかなかうまく進んでいるとは言えません。

 

例の「Japanese Only」の問題などは、影響はあったでしょう。中高年も子供たちも、みんな一緒に楽しめるスタジアムにするには、平和で、誰にも開放されている空間にしなくてはいけない。一部の過激すぎるサポーターによってレッズサポのイメージが悪化するのもマイナスであるのは事実です。

 

しかし一方で、あまりに「出禁」を乱発し過ぎると、今度はサポーター側のテンションが下がる可能性もある。どこにボーダーラインを引くかが、とても大切になってきます。現に昔から、レッズの試合には、「選手よりサポーターの応援を見に来る」観客が一定数いるんですから。

 

それと、旧浦和市を含めたさいたま市は、全国的に人口が減少に向かっている今でも、まだ人口が増え続けている街なんです。

 

だから、たとえば新たにここに引っ越してきた人たちなどを対象に、レッズ観戦のための簡単なフリーペーパーを作って配布するだけでも、十分に効果はあると思います。スタジアムへ行くバスの乗り方やグッズの買い方など、「そんなのネットで見ればすぐわかるだろ」と突き放すのではなく、丁寧に知ってもらうように働きかけるわけです。

 

「力」でも、この前の「オールバック・トゥギャザー」みたいに、レッズや街が盛り上がりそうなアイデアが浮かべば、とんどんやっていきますし、サポーターの皆さんの提言も出来るだけ実現していくつもりです。

 

僕としては、「力」は「レッズ・サポーターのサポーター」と思っていますし。

 

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